オットー高岡の我流天晴

フリーデザイナーオットー高岡のページ。我流もいつかあっぱれに。
わたしは誠実だろうか
そう問い続けること
希望をもって
あふたーアフターショックしょっく
毎日、熱い。
全身が、水分の濾過器と化していて
お茶やらコーヒーやらせっせと口から入れて
汗にして全身から排出するのくりかえし。

アルコールだったら、ついでに熱も出す。
飯を食ったらうんこになって、うう〜ん
これは、単なるうんこ製造機械だなあ。
せめて、アルコールの熱を電気にかえて世の中の役に
たてないモンだろうか。

おっとーです

なんか、そんなようなお芝居、というかリーディングを見て、
役者の迫力とか、演出の迫力とか、脚本の迫力とか
とにかく迫力に圧倒されて、なんか、怖い怖いとおもって、
これは、とにかくビールを飲まねばならんと、
一人居酒屋。しかし、カウンターの席しかない地元感あふれるお店で
あたしはひとり。

だめやん。これだめやん。

劇中で、最後に歌っていた歌が、頭の中でヘビーローテーションする。
いや、あの歌って、べたべたの恋愛の歌だと思ってたんだけど
あれほどまでに、祈りの歌になるとは思ったことがなかった。
やっぱり、歌うことは祈ることだったんだ。

藤川球児がなんとか1点を守りきったところで、
居酒屋をでて、家に帰って飲み直しました。

このところ、
あたしはずいぶんだめな酒飲みになっている。
先月のことだが、しこたまのんで
なんとか家にたどりついたのはよかった。
酔っぱらっていても、あたしはちゃんと出来る子なんだというところをみせようと、
ぐらぐらしながらも、お風呂へシャワーを浴びに行く。
家族はみんな寝ているけれど、明日の朝、かあちゃんが
「また、酔っぱらって帰ってきたやろ」と言ったときに、なにをいう。
ちゃんと風呂に入って寝たぞと、それを言いたいがために
頑張る。はだかにバスタオルであがって、歯をみがこうと
歯ブラシにチューブを搾った、あたりで、事切れた。

よなかに目が覚めると、あたしは台所の板の間の床に、顔を付けて寝ていて
目の前の自分の右手が力なく横たわっており、開いた手から転がり落ちた
歯ブラシが。

転がった軌跡にてんてんと歯磨き粉の白い轍。

あかん、これは人として、だめな種類や。
と思ったのに、あまり、反省の効果なく。
というか、このネタが酒席で笑いを取るいい持ちネタとなって
だめな酔っぱらいはさらに。

S氏B氏と呑んだときには、やたらくだを巻いていたらしい。
だってね。お昼にお芝居見てね。あたしは、夜にもう一個お芝居を
はしごするつもりだったのに、B氏がね。まあまあなんてね。
夜のお芝居までにはまだ時間があるじゃない
とかね。4時くらいから夜中までずっと呑んでんだもん。
いや、人の所為にしてはいけない。しょっちゅうそんな
飲み方してるのあたしだもの。

その日は、家に帰ると、かあちゃんが起きてたんだけど
ぜんぜん覚えて無くて、朝に、なんかかあちゃんが怒ってるから
どうしたん?「だって、おとーさん、あたしが足がつって痛い痛いって
いってるのに、ぎゅーぎゅーもむんだもん。おばーちゃんがびっくりして
大丈夫かといってたで」
あちゃー。「ごめんな、わし酔っぱらってるから、こんなことしかできんで
ごめんな」とあやまりながら、痛がる足をむりやりもんでたらしい。

ほんま、ごめんな。ぜんぜん覚えてない。

というわけで、あたしは、立派な「だめな酔っぱらい」に
完成してしまったのでした。

いや、あかんて。酔っぱらいじゃなくて、労働者にならんと
そう、労働者になって、芝居しい、にならんと。

こんなあたしですが、誰か、こりへん人、役者でつかってください。
練習後の飲み会にはもちろん、せっせと参加します。
くだをまいたらごめんね。

おっとーでした。
| その他 | 14:21 | comments(0) | trackbacks(0) |
ゆめゆめ
 怖い夢を見た。

あたしは、大竹野の芝居に出演している。
最初の登場人物は3人で、女子が2人とあたしだ。
後半にはあと何人かの役者が出ることになっており、
いわば、露払いの位置。
舞台の上手には、高い柱が立っていて、その上に隠れて
子供が一人、じっと出番を待っている。
子供の手には、きらきら光る、500と書かれたコインが握られている。
500と書かれてはいるものの、500円ではない。
500ドルだか500コペイカだかしらないが、外国かゲームのお金。
どうやら、これが、お芝居の重要なアイテムらしい。
なにか、その光具合が、安っぽさぎりぎりにまで執拗にぴかぴか光っている。

最初のシーンが始まるのだが、
三人がどんな役回りだか、どんなセリフを回していたかわからない。
途中まで来て、ああ怖い。
誰が飛んだか知らないが、セリフを完全に見失う。
ああ怖いったら怖い。
なんとか思い出そうと必死に会話をつなぐのだが、
自分が何の役で、今がどんなシーンかさえ定かでなく
セリフなんか出てくるはずがない。
致し方なく、女優をひとり舞台に残して
あたしともう一人の女優は上手の裾の壁のうしろに飛び込んで
台本を引っ張り出す。
舞台に残された女優は、それでも、何かしゃべりながら舞台上を
行ったり来たりしている。

台本は、なぜかA4縦型で、グラフ誌かなんかみたいに、無線綴じになった
結構分厚い本になっていて、中には写真やら記事、見出しなんかが
レイアウトされていて、戯曲は、その中のどこかに入っている。
もう、必死になってページを繰るのだが、戯曲の部分は
ちらりと見えたかと思うと、ページの合間に隠れてしまい、
さらに、その戯曲のどのシーンを探しているのかさえ
曖昧になってくる。ああ怖いったら。

あたしは、いつのまにか、どこにいるのかもわからなくなって、
どうやら、自分の部屋か、楽屋か、判然としない。
隣にいたはずのもう一人の女優もいつのまにか消えていて、
ただ、ただ必死に台本を前から後ろ、後ろから前へと
バラバラめくりつづけながら、
ああ、もう間に合わないなあと漠然と考える。

すると、柱の上に隠れていたはずの子供がやってきて
例の500と書かれたコインを見せて、これをどうするかと訪ねる。
あたしは、ああ、まだ最後になにかに使えるかもしれないから
一応僕が預かって行く。と言って、コインを受け取る。
500の数字が見えて、その周りが、まるで照明を当てたように
星形にきらきらと輝いている。

あたしが戻った場所は、なぜか、劇場の外のチケット売り場で、
昔の駅の切符売り場みたいに穴の開いたガラスで蓋をされたカウンターの窓口が
二つ三つ並んでいる。

夕暮れだが、太陽は照っていない。わびしい感じの夕風がゆるゆると吹いていて
終わってしまったんだなあ。とおもい、カウンターの下の地面に腰をおろす。
なぜか、終わってしまった安堵感にひたりながら、
コインを子供に返してやらなければと考える。
カウンターの中に一人だけ、誰かがいる気配がして、
ふたりでぼんやりと夕風を感じている。


オットーは怖かったでした。


おまけ
目が覚めてから、こんなコトになったらやっぱりチケット代は払い戻しだよなあ、とか
後半の役者は怒ってるよなあとかぼんやり考えていた。
ちなみに、こんな設定の大竹野の台本はありません。
ああ夢で良かった。
今書きながら思い出すと、
最後の夕暮れのシーンの雰囲気は
ラフレシアの時、開演前に大竹野とぼおっとしてたときの
雰囲気ににてるなあと思った。

オットーでした。

| その他 | 14:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
暑中おみまい申し上げます
 ken&chaco
| その他 | 13:23 | comments(0) | trackbacks(0) |
ふたねこ
 むかしと云うにはいまどきのことだが
あるところに、K女というねこ好きの女性がいた

あたしはK女とは古いつきあいなのだが、
いったい、何の因果というか業というか
K女は、栄養失調で歯が抜けて肺炎のねことか
十六歳のねことか、もうボランティアとしか思えないような
いわく付きのねこを拾ってくるのを特技としていた。
もっとも、彼女の夫も、いわく言い難い人格の男であったので
もともと、いわく付きに縁の深い人なのかもしれない。

K女の立派なことには、それらのねこたちを
正しく病院に通わせ(もちろん車に乗せて連れて行くのだが)
かいがいしく世話をし、それぞれに寿命をまっとうさせた。
もっとも十六歳の方は、初手から高齢ネコだったが。

そんなK女だから、夫を失った今でも2匹のねこを飼っている
これらは、とくに、いわく付きではなかったのだが、
おとなしい三毛とちょっと性格のきつい白ねこだった。

どうやら、世間の野良ねこというのは、ねこ好きを見分ける本能があるのか
K女の家の前にはいつのまにか数匹のねこがたむろするようになっていた。
いま飼われている白ねこも、勝手に上がり込んで住み着いたらしい。
これも、いわくといえばいわくである。

そんなある日。K女が家へ帰ってくると、玄関前に置いてあった
クーラーボックスの上に、ふたつの鳥の唐揚げが転がっていた。
誰が置いたかと見ると、それは唐揚げではなく、
生まれたてのふたつのねこだった。

先日来、玄関前にうろついていたねこの中におなかの大きいのがいたことを、
K女が思い出したとき、身軽になったそのねこがK女の前を
軽くお辞儀をして通り過ぎていった
かどうか、あたしはしらないが、こねこの力で上ることかなわぬ
クーラーボックスの上に、ふたねこがいるのを見て、
これは、よろしく頼むという親ねこからのメッセージだと受け取ったK女は
2匹のねこを家に連れて帰った。

ふたねこは、雄と雌で、まだ、手のひらに載るくらいの小ささだった。
親ねこのせわが不十分だったらしく、2匹とも目やにがかたまって
どうやら化膿している。
K女はすぐに、ふたねこを病院に連れて行った。

残念なことに、雄の方が、手遅れのようで、右目は摘出。もう片方の目も
おそらく見えないだろうし、ゆくゆくは、摘出せねばならないかもしれない。
雌の方はなんとか、持ち直すだろうということだった。

「ねこいらん?」
K女から、あたしに打診があったのは6月のころだった。

「唐揚げちゃんてゆうねん」
K女は楽しそうにあたしにいった。
「かわいいねんで」
あたしは、娘が前々からねこを飼いたがっていたから
つい「いいねえ、娘にきいてみるわ」と答えた。
すると、「でもな…」とK女が、ふたねこの事情を語った。

あたしは、あたた、またいわく付きか、と思いながら
「まあ娘に聞いてみるわ、でも、2匹いっぺんはなあ、うちもねこ飼うのは初めてやし。」
すると、K女は、もう一人、一匹ならねこを引き取ってもいいという人がいること、
目が見えなくてもねこは活動するのにそれほど目をたよっていないから
家の中で飼う分にはなんら問題はないこと、さらに2匹は仲がいいから離したくないこと、
などを語る。
しかし、いっぺんに2匹のねこを飼うというのはなあとあたしは判断に困る。

「ほんとは、家で飼いたいねんけどな、」とK女。
今、飼っている白ねこが実はものすごい焼き餅焼きで、
K女が他のねこをかわいがっていると、そのねこに激しく暴力を振るう。
ふたねこの前に拾った猫がその所為で神経症になってしまい、仕方なく
飼うのを断念した経緯がある。
その神経症になったねこは、鬱病になったとさわいでいるあたしの母親が引き取り、
いまでは、ずいぶん大きくなっている。

あたしもそれで、白ねこについてはよく知っていたのでK女がふたねこを
飼いたくても飼えない事情はよく分かる。
しかし、いっぺんに2匹も飼えるのかどうか自身はない。
かといって、目の見えるねこだけ貰って、目の見えないのは誰かにあげて
なんて云うのも、いや、本音ではそういいたい気持ちも山々だが
動物を飼おうとする性根にしては、あまりにも手前勝手が過ぎる気がする。
さりとて、目の見えないねこだけを進んで貰おうというのも、せっかく
はじめてねこを飼う娘がかわいそうな気もする。

「2匹、仲ええから離したくないねん」
K女はここのところをゆずらない。あたしは、しかしいっぺんに2匹とは…
簡単に決めるにはハードルが高い。あげくのはてにK女は
「いっそ、白ねこを貰ってくれるとか?」
などと言い出す。
「むり」
ここは、即座に否定。そんな暴君みたいな、しかも子猫でなく
そだっちまったデブねこなんぞ、ひきとってなるものか。
しかし、あたしは、どうにも判断が出来ず、逃げた。
「娘にきめさすわ。あたしから事情を説明して連絡させる」
ということになった。

娘は、ごく簡単に、2匹まとめて引き取ることに決めた。

K女は、「ほんとに、ええのん?」とあたしにいう。
あたしが、2匹いっぺんは無理やといっていたのに気をつかってるようだ。
しかし、彼女の言葉が、ふたねこを手放すさみしさを滲ませていたことを
あたしは、気づかないふりをした。

かくて、現在、ふたねこは我が家に飼われることとなり、もう2週間ほどが過ぎた。
K女は、雄ねこの手術費用などをすべて負担してくれ、小型のケージから
えさやねこ砂までそろえてもってきてくれた。

娘が、女の子には茶色いからチャコと名付けるという
あたしは「兄弟で女の子がチャコちゃんなら男の子はケンちゃんだろう」
なんて、時代錯誤なことを云う。
だが、娘は結局、目の摘出手術をしたばっかりで右目を腫らしている弱々しい雄は、
健康になるようにと願いをこめて、健ちゃんと名付けた。

「もうちょっと大きいケージが欲しい」と娘が言うので
「金がない」といったら、「バイト料が入ったらかえすから」
というので、娘に二万円也を貸し与えると
ねこが上る用のバルコニーの付いた、大型冷蔵庫ほどの金網を買ってきた。

我が家の台所は、誰かが腰掛けていると通れない状態になってしまったが、
夜、家へ帰って、やわらかいかてん、をかじりながら焼酎をちびちびすすり、
ケージの中のふたねこを観察するのが、あたしの楽しみになった。

目の腫れのおさまった健ちゃんは、K女の云うごとく
見えているのかと思うくらい普通に走り回っている。
ケージから出していると、家中を2匹で取っ組み合いながら
猛スピードで駆け回っている。

ケージの中では、目もみえないくせに、バルコニーによじのぼり、あまつさえ
チャコの気配と首に付けた鈴の音をたよりに、上の段から下の段へ飛び降りることも
出来るようになった。

2匹、仲ええから離したくないねんというK女のこだわりだが
おそらく、健は、そばにチャコがいることで、単独の目の見えないねこよりも
しっかりしたねこにそだってくれるんじゃないか。
ふたねこを引き離すことは、たぶん出来はしなかったのだろう。

ほぼ実話、オットーでした



| その他 | 13:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
でも
先週金曜日
感電本社前のデモに参加してきた。
2000人集まっていたらしい。

オットーです

あたしはあんまり過激な人ではないので
デモとかは、いままで行ったことがなかった。
ちょっとしたきっかけがあったので参加してきたんだけど、
たぶんこれからもちょくちょく行くつもりだ。

このブログであんまり政治的なことは書かないようにしていたんだけど
まあ、デモに参加したんだから、自分の考えくらいはちょろっと書いときます。

デモというと、いきおい、堪忍袋の緒が切れて…って感じになりがちだけど、
我慢に我慢を重ねた末に切れたりすると、取り返しの付かないことになっちゃうから
あんまりよくないと思う。
それに、怒りのエネルギーで盛り上げていると、エネルギーが発散されたら、
しぼんでしまうのではないかと、そっちの方が心配になる。

民主主義の国で、政治活動をするということを、
なにか特別なことのようにしてしまっては、いけないんじゃないか。

だから、あたしは自分の生活に無理の無いように、しかし前向きに
粛々と参加しようと思う。

ごく普通に、資本主義の会社で働いて、終わったら、デモに参加して
デモがおわったら、飲みに行って、みたいなのがいい。
そうして、息長く、活動を続けるのが大事だとおもうし、
出来るだけ多くの人が、意見を主張できるのがいい。

あたしの意見は再稼働反対だから、そっちに参加するけれども
賛成の人は、そっちで声をあげればいい。

全員参加でなければ、成り立たないのが民主主義だろう。

選挙の投票率が、多くて60パーセントとかいうのは、民主主義じゃないと思う。
当選するために60%の半分、30%の得票があればいいのなら、
あたしが政局屋だったら、自分の利権や権力で、30%の票田(わしらは稲か)を耕したら
あとの人がなにを言おうが知ったこっちゃ無い。
むしろ、他の人は選挙にこないでほしい。

政治家があほやとか、投票したい人がいないとかいうけど、
もしかしたら、政局屋が、自分が当選しやすいように、浮動票が投票されないことを
ねらってわざと、みえみえのいいわけとかうそとか言ってんじゃないだろうか。
あほにしか見えないけどバカじゃないんだよきっと、
マーケティングコンサルタントとかついてるしさ。

あたしの死んだ親父が、政治家はええけど政治屋はあかん。といってたけど
今日本には、政局屋しかいないと思う。
こんな状況だけど、最低限の民主主義のルールはあるんだから、
みんなでちゃんと政治に参加すれば、少しずつでもいい方に
世の中を変えていけるはずだと、信じるしかない。

みんなが政治に参加する方法は、選挙しかないと思ってたけど、
あたしたちの生活の中に、デモに参加して声をあげるという行動が
しっかり根付いていけば、それももう一つの政治参加の方法として
定着できるんじゃないか?

北新地から、感電本社前に向かう道で、会社帰りのたくさんの人たちとすれちがった。
あたしなんかと違って、みんな一日しっかり働いて疲れてるんだから
デモのこととか考える暇があったら、早くおうちへ帰りたいだろうなと思う。

でも

もっと気楽にちょっと寄ってみるか的に政治参加出来る空気が出来たら
日本の民主主義にも根っこが生えてくるんじゃないか?
なんて思うのでした。

オットーでした。




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