オットー高岡の我流天晴

フリーデザイナーオットー高岡のページ。我流もいつかあっぱれに。
わたしは誠実だろうか
そう問い続けること
希望をもって
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ゆめゆめ
 怖い夢を見た。

あたしは、大竹野の芝居に出演している。
最初の登場人物は3人で、女子が2人とあたしだ。
後半にはあと何人かの役者が出ることになっており、
いわば、露払いの位置。
舞台の上手には、高い柱が立っていて、その上に隠れて
子供が一人、じっと出番を待っている。
子供の手には、きらきら光る、500と書かれたコインが握られている。
500と書かれてはいるものの、500円ではない。
500ドルだか500コペイカだかしらないが、外国かゲームのお金。
どうやら、これが、お芝居の重要なアイテムらしい。
なにか、その光具合が、安っぽさぎりぎりにまで執拗にぴかぴか光っている。

最初のシーンが始まるのだが、
三人がどんな役回りだか、どんなセリフを回していたかわからない。
途中まで来て、ああ怖い。
誰が飛んだか知らないが、セリフを完全に見失う。
ああ怖いったら怖い。
なんとか思い出そうと必死に会話をつなぐのだが、
自分が何の役で、今がどんなシーンかさえ定かでなく
セリフなんか出てくるはずがない。
致し方なく、女優をひとり舞台に残して
あたしともう一人の女優は上手の裾の壁のうしろに飛び込んで
台本を引っ張り出す。
舞台に残された女優は、それでも、何かしゃべりながら舞台上を
行ったり来たりしている。

台本は、なぜかA4縦型で、グラフ誌かなんかみたいに、無線綴じになった
結構分厚い本になっていて、中には写真やら記事、見出しなんかが
レイアウトされていて、戯曲は、その中のどこかに入っている。
もう、必死になってページを繰るのだが、戯曲の部分は
ちらりと見えたかと思うと、ページの合間に隠れてしまい、
さらに、その戯曲のどのシーンを探しているのかさえ
曖昧になってくる。ああ怖いったら。

あたしは、いつのまにか、どこにいるのかもわからなくなって、
どうやら、自分の部屋か、楽屋か、判然としない。
隣にいたはずのもう一人の女優もいつのまにか消えていて、
ただ、ただ必死に台本を前から後ろ、後ろから前へと
バラバラめくりつづけながら、
ああ、もう間に合わないなあと漠然と考える。

すると、柱の上に隠れていたはずの子供がやってきて
例の500と書かれたコインを見せて、これをどうするかと訪ねる。
あたしは、ああ、まだ最後になにかに使えるかもしれないから
一応僕が預かって行く。と言って、コインを受け取る。
500の数字が見えて、その周りが、まるで照明を当てたように
星形にきらきらと輝いている。

あたしが戻った場所は、なぜか、劇場の外のチケット売り場で、
昔の駅の切符売り場みたいに穴の開いたガラスで蓋をされたカウンターの窓口が
二つ三つ並んでいる。

夕暮れだが、太陽は照っていない。わびしい感じの夕風がゆるゆると吹いていて
終わってしまったんだなあ。とおもい、カウンターの下の地面に腰をおろす。
なぜか、終わってしまった安堵感にひたりながら、
コインを子供に返してやらなければと考える。
カウンターの中に一人だけ、誰かがいる気配がして、
ふたりでぼんやりと夕風を感じている。


オットーは怖かったでした。


おまけ
目が覚めてから、こんなコトになったらやっぱりチケット代は払い戻しだよなあ、とか
後半の役者は怒ってるよなあとかぼんやり考えていた。
ちなみに、こんな設定の大竹野の台本はありません。
ああ夢で良かった。
今書きながら思い出すと、
最後の夕暮れのシーンの雰囲気は
ラフレシアの時、開演前に大竹野とぼおっとしてたときの
雰囲気ににてるなあと思った。

オットーでした。

| その他 | 14:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
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