オットー高岡の我流天晴

フリーデザイナーオットー高岡のページ。我流もいつかあっぱれに。
わたしは誠実だろうか
そう問い続けること
希望をもって
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アコーディオン
 気候のいい季節になりました
ほんと、心地いいと感じるのは、
この季節ほんのしばらくだけのことになってしまった。
地球温暖化とかいうけれども、
太陽のフレアの周期が長くなると一気に寒冷化するともいうし、
どっちなんだといいつつ
百億年ぐらいしたら、太陽が巨大化して地球は飲み込まれてしまうのでした

オットーです

とまれ、我が家のカメも活性化して、えさの食いがよくなって
水が汚れることおびただしい。

カメはひっくり返ると起き上がれないというのは、うそです。
尋常じゃない伸び方する首の力で、きっちり起き上がります。

昨日、とあるコンサートを見てきました。

知り合いの、クリエイティブディレクターの奥さんの
イラストの個展でのイベントだったんですが、
なんか、京都で活躍している、
アコーディオンとコントラバスのツーピースユニットでした。

いやあ、アコーディオンというのは、なんか怖い楽器ですね。
表現の幅が半端なく広い感じ。

タンゴチックな音楽だったんだけど、
まるで、小さな花が咲いたような、高くて細い音から
酔っぱらいの嘘つきがくだを巻くような低音まで、
自在に操られる演奏はかなり来るものがありました。
そこにコントラバスが、ええ感じで絡んで、たった二人とおもえない
音の厚みでした。

で、アコーディオンって、いやバンドネオンもそうだけど
呼吸する楽器なんだなあと思ったわけです。

小さく小さくメロディを奏でていたかと思うと
どんどん厚く音がふくらんでいくのと一緒に
楽器自身が、場の空気を吸い込んで、
どんどんふくれあがって赤い蛇腹をさらけ出す。

その音色は、どうしてもぬぐえない悲しさのような
懐かしさがまとわりついていて、なんだか、
楽しい想い出のメロディーも、それが想い出である時点で
もう、もの悲しいような切なさが最高潮に達したとき曲は終わり、
アコーディオンは最後のため息をのこして
呼吸を止めてしまうのでした。

ね、なんか怖いでしょ。

でも、だから、とてもドラマチックで、
走馬燈を見ているような雰囲気があるのだなあと
感じ入った次第。

なんだか、遠くを旅してきたみたいな気分でした。

オットーでした
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