オットー高岡の我流天晴

フリーデザイナーオットー高岡のページ。我流もいつかあっぱれに。
わたしは誠実だろうか
そう問い続けること
希望をもって
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ひまらや
 大竹野正典追悼公演が終了して
胸の中が、いっぱいなのか、からっぽなのか。
振っても音がしないのでわかりません。

オットーです

三夜すべてが終わった今となっては、
もう何も言うことが無いようです。

奇跡の一年間でした。

こんなことに、自分が関われたこと、
みんなと寄り添ってこられたこと
そして、あの舞台を体験することができたこと。
人生において、最大の感動でした。

島田と大竹野が続けていってしまったとき
なんで、自分が生きているんだろうと思いました。
追悼講演が終わったとき
このために、今日まで生かされていたんじゃないか、と思いました。

最終公演の最後の暗闇の中、心の中であたしは
大竹野を呼んでました。
返事なんかあるわけありません
後藤小寿枝が最後の挨拶をして、くじら企画が終わろうとする時
いきなり、大竹野の声がスピーカーから流れてきました
「本日は、ありがとうございました」

たっぷり泣いたあとで、いま、
一年間の奇跡が終わったことを、受け止めなければいけません。

そして、これからも、生きてゆかなければなりません。

山の声の加藤の人生は、大竹野の人生そのもののように思われます

あたしにとってのヒマラヤは何なのか?どこにあるのか?
天命を知ると言われる50歳になって、
まだ、なにもみえない、なさけないあたしです。

大竹野が好きだった山本周五郎は、インタビューかエッセイかの中で、
「人間の価値は、何を成したか、ではなく、何を成そうとしたかで決まる」
と言っています。

何を成そうとするか。「ヒマラヤ」です。
たとえ、道半ばで倒れたとしても、その人生は生きた価値ある人生なのです。

山本周五郎の「虚空遍歴」の冲也そのままに、
強く、心の中に抱いていける「ヒマラヤ」。

これからも、生きてゆくのならば、
見つけなければいけません。出会わなくてはいけません。
仕事もしなければいけません。お芝居もしなければいけません。
そうやって、歩いてゆく道の向こうに
必ず出会えるはずだと、信じるしかありません。

「山の声」が教えてくれました。
心に「ヒマラヤ」を。そうすれば、最後には
「ただいま」と笑って帰れるはずです。

オットーでした。

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