オットー高岡の我流天晴

フリーデザイナーオットー高岡のページ。我流もいつかあっぱれに。
わたしは誠実だろうか
そう問い続けること
希望をもって
あの海
まるで敵にしてるみたいに
猛暑が襲ってきて、ほとんど溶けかけている

オットーです

そろそろ、エアコン無し生活も限界かと思う今日この頃
あたしの事務所の5階の窓から、夕方になると
隣の建物にあるお店の炭火焼きのにおいが立ち上ってきます。
汗まみれのあたしの日本手ぬぐいはちょっと汗の塩の味がして
先週の海行きの気分を思い出したりします。

あの海へ

とうとう行ってきました。
うん、いい海だった。
波が荒かったのと、あたしは水泳2年ぶりくらいだし
シュノーケルになかなかなれず。
思うようには泳げませんでしたが、
久方ぶりの夏休み感を満喫しました。

さあ、気分を改めて頑張ろうと思ったところに
天神祭の襲来。

いやあ、あたしの事務所は天神さんのお膝元なので
例年宵山と花火の二日間は浮かれてなんにも出来ません

その後ビアガーデンのお誘いがあって、
結局、ずっと酔っぱらいのあたしです。

なんだか、デイ バイ デイ、人として
駄目になっていく気がして、
ますます、呑みたい欲がとまりません。

我が家には双子の子猫がふえて
すたこら暴れまくっているし、
なにやら、やたらと無軌道な毎日になってきました。

うう〜ん、こう物事が混み合ってくるってのは
いったいどういう状況なんだろう?

ま、とりあえず、気を落ち着けるためにも
あの海の写真をば。

オットーでした

| その他 | 17:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
よんだ
 いやあ、夏ですよ夏。
ちょっとずつカラっとしてきたので
風もここちよい。
久しぶりに事務所の掃除もしたし、
ベランダの亀もしっかり食うようになったし。
気分があかるくなるね、夏は

オットーです

このひと月半ほど、亀がえさを食わなくなったので
心配してたんだけど、
2〜3日前から復活して、朝になると
池(食器洗いのたらいに水をいれたもの)に入ってまってるし
窓を開けると、えさくれアピールも激しくなった。
よかったよぉ。

くじら企画の公演も終わり、精算会も無事済んで、
ほっと一息のきょうこのごろ。

せっかくなので、大竹野正典劇集成鵯を読みました。

もう、序文や年譜や付録を読むと泣くので
主に、戯曲にフォーカスして。

おもえば、あたしは、全部舞台を観てるんだけど
この本で、初めて出会う文章があった。
そう。ト書きですよ。
舞台じゃト書きは読まないからね。

いがいに、丁寧な文章で書いてるのが新鮮だった。
ト書きの段階で、舞台の空気を作りに行ってる感じ。
だから、さらっと作品世界に入り込める。
あと、文字でよんでみると、全体の構成とかがよくわかって
あらためて、大竹野、うまいなぁ!と思う。

読んでるとあたしは、舞台で観たときの役者の声や
シーンをおもいだしてしまう。
だが、戯曲は演出されたものとは違う。

舞台で観たときは、結構長いシーンでめっちゃもりあがる見せ場なのに
本では、たった一行のト書きで放り投げてあったり、
長台詞の中のとても重要なセリフが、単なるセリフの一部のように
さらっと書かれてたりする。

大竹野の演出を観てない人が、どれかの作品を
とりあげたなら、そういう部分はいったい
どんな風になるんだろう。
ああ、早くだれか、やってくれないかなぁ。

ここらで、我田引水。
各戯曲の扉も楽しんでいただきたい。

観れば分かるとおり、大竹野はいつも原稿用紙に手書きで書いていた。
それぞれの作品の原稿から、選んで、扉をを構成したわけだが、

おのおの個性ある感じにできている。

あれこれ、セリフをかきなおしてたり、中には
ト書きをかきなおしてたり。
戯曲に全く残ってないページのものもある。

ひとつひとつ、渾身の力で書いていた姿を
感じてもらえればうれしい。

というわけで、一通り読んだんだけど、
うん、おもしろかった。

あたしも、しっかり生きなくっちゃねと
おもってしまうのでした

オットーでした

| その他 | 18:30 | comments(0) | trackbacks(0) |
おたすけかんしゃ
島田のうちに劇集成をお届けに行った。
…といっても、お供えするだけなんですけどね…

一日も早く島田に見せたかったんだけど、
続いて公演があったので昨日になってしまいました。
母上はよろこんでくれました。

オットーです

駅について、さあ行こうと言うときに、はたと、
「島田の名前でてくるかなあぁ」と思ったら、やべーとなって、
駅のベンチで本を開いて探しました。
だって、びた一文字載ってなかったら、ちょっと寂しいし
無いなら無いで母上には、あたしから一言いっとかないと
とかって思ってたら、

ありがとう。おぐりん。

ちゃんと、書いてくれてた。
また、助けてもらっちゃいましたね。

思えば、あたしは、いつも島田に助けてもらってた。
島田に大竹野にと続けていなくなってから、
自分じゃなんとかやってるつもりだったんだけど
やっぱり、ずっと、バランスの悪い人になってるなあと
改めて、気づきました。

ううん、体だけでなく存在感もおおきかったんだなあ。

思えば、くじら企画の公演の暗闇の中に
あたしは、あいつらに会いに行ってるのかもしれん。


さて、この間、ばんばさんに貸してもらったDVDを観ました。

ライザミネリの「キャバレー」
ライザミネリは、あたしが広瀬や大竹野と出会うきっかけだったんだよね。

高校二年の時。あたしは文化祭の居残りで教室にひとりでいました。
隣のクラスにも残ってるやつがいて、何となくさぼりながら
おしゃべりを始めたんですが、体育が一緒なので顔くらいは知っていた
広瀬でした。
映画の話になり、あたしは、ライザミネリのラッキーレディが観たい
というと、広瀬はアルパッチーノの狼たちの午後が観たいといいました。
ぜんぜん趣味の合うところのない2本の映画が、

2本立てでやってました

知る人ぞしる、大毎地下です。
見に行ったら広瀬のクラブの後輩が並んでました。
大竹野でした。

大毎地下のラインアップを組む人が、もう少し映画の傾向とか
分かってる人だったら、出会っていなかったかもしれません。

いやー、ライザミネリはやっぱいいわ〜
魂込めた渾身のシャウトはいつ見てもしびれます。

しかし、キャバレーってせつないラブストーリーだと
自分の記憶では思っていたのですが、
今、観てみると、それもあるけれども、
かなりシニカルな社会性をもひめた映画でした。
間違いなく名作です。
いままで、よく知らなかったんですが、
アカデミー賞も総なめしてるじゃないですか!

なのに、近所のT○T○Y○には置いてないし
アマゾンで見たらえらい高い。

てなわけで、ばんばさんありがとう。

まったく、あたしは、皆さんのおせわにばかりなっているのでした。
もう少し、大人にならなくっちゃね、もう53歳なんだから(泣)

オットーでした
| その他 | 18:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
おかえり
 ただいま〜で、大竹野正典追悼公演が終わって1年半。
完全再現を目指す試みがおわってから、
劇団でもないのに(笑)、くじら企画が
大竹野台本に挑んだ。
とはいえ、演出の設計図は後藤小寿枝の中にあるし、
ほとんどの役者が前の公演を観てるか出てるかなので、
あんまり、迷いはなかっただろう。
いい作品ができあがって、幸せを感じている。

オットーです

とかいいながら、あたしは勝手にチラシを作っているだけなので
本番の時には役目は終わっているし、お芝居そのものには
何の役にもたたない。
どきどきしながら見守るばかりだ。

主演の石川真士は、追悼公演が終わった後
「オレもう芝居はいいわ」
なんて言って、「え〜しんちゃんそんなんいわんとってーな」
とみんなから言われていたが、目が死んでた。
しかし、春生の公演をみてから、蘇りはじめ、
今回、「夜が掴む」で完全復活を果たしてくれた。

打ち上げで話していたときマリンちゃんが
「なにがうれしいって、しんちゃんの目が輝いていたのがうれしい」
って涙目でいうので、ああそうだったなあと
あたしまで涙目になって、うるうるした瞳で見つめ合ってしまったのでした

おかえり。しんちゃん。

いや、ただ帰ってきたと言うより、
ものすげーパワーアップして帰ってきたから倍うれしい。
ま、小寿枝さんならきっと
「そんなん、最初からわかってたからキャスティングしたんやん」
って言うと思うけど。

主役が決まって、小寿枝さんから、ダイエット指令が出て
かなり、走り込んだそうだ。
若い頃の大竹野の本に取り組むために、
若さを取り戻してしまう役者根性!

一方、戎屋海老さんは、しゃちほこの特訓をし、
上半身裸のシーンがあるので、シェイプアップしたそうだ。
あたしは海老さんと同い年なのだが、まあほれぼれする腹筋。
きっと、あたしが聞いてないだけで、他の役者たちも
かげで、えらいがんばってくれたんだろうな。

あんな、若々しいくじら企画、初めて観た!

石川真士が「男1」をとるのは、
「ブカブカジョーシブカジョーシ」以来2度目だと記憶するが、
あのとき、しんちゃんに、
「いつも、いいチラシつくるのに、なんでオレのときだけコレなんだよ」
とダメ出しされたけど、今度のはきにいってくれましたか?
いや、あたし的には、どっちも好きなんだけどさ。

ああ、なんやかんや、思い出すままに書いてしまったけど
ほんと、いい芝居でした。
あたしのボロ泣きメーターふりきれました!

で、今日のあたしは、「あたしなんかなんの役にもたたないんだ」って位の
「ヤーブルース」な二日酔いで、今日やんなきゃいけない仕事やったし
もー帰ろうかななんて早々と思いながら、窓の外は夏だ。
さっさと帰って、かあちゃんか娘に「おかえり」って言ってもらおうかな。

オットーでした。


| その他 | 14:22 | comments(0) | trackbacks(0) |
よるがつかむ
 なんとも、うじうじと天気の悪い日がつづいている。
今日はすっぱりと晴れて欲しいんだけどなあ。

オットーです

「大竹野正典 劇集成鵯」がやっと完成して、
出版記念パーティーが、4日の水曜日に催されました。

あたしの初の装丁デザインも無事終了。
ほっと肩をなで下ろしているところです。

本当に皆さんのお力で出来た本だと思います。

刊行委員の親分、小堀さん、出版元「松本工房」の松本さん
先輩の塚本さん、解説を書いてくれた広瀬泰弘、
別冊だけでなく校正にまで頑張ってくれた、我が流星倶楽部の大正まろん
最終仕上げにせっせと参加してくれた、くじら企画周辺の皆さま、
あたし個人的には、ナンバリングを売ってくれた秋月雁さん
そして、ラスボス(byおいらくん)後藤小寿枝

こんだけ、みんなが頑張ったんだから、大竹野も恥ずかしいのをがまんしてくれると
おもいます。

本当にありがとうございました。

皆さま、これに懲りず、続刊の刊行におつきあいください
って、あたしが言うのも僭越ですが
つい、我が事のように思ってしまうのは
なにも、あたしだけじゃあるまい。

盛大な出版パーティーで、しかも、仕込みの終わった劇場で
平台のテーブルに箱馬のいすとか、
あはは、大竹野らしすぎる!!

しかし、料理がうまかった!
くじら企画の打ち上げとかで、寿司がでるなんて
しかもその場で握ってもらえるなんて。
もろもろ取り仕切ってくれたおかげで、
パーティーの間、あんまり飲めなかったであろう
ねをちゃんに、ありがとう。

みなさん楽しんでくれていたようで
いいパーティーになりました。

で、例によって翌日は、急に寂しくなり
ふにゃあとしてたんだけど、
いや、これから、出版記念公演があるんだから
リスタートきって、勢いをつけなければって
あたしは観るだけのひとなんだけどね。
というわけで、本番前日の劇場へ用もないのに
見学に行ってきました。

「夜が掴む」

犬の事務所時代のひとつのエポックとも言えるこの作品
大竹野が、27〜8歳の作品なんだけど、
テアトロインキャビン戯曲賞の佳作になっている。
当時、この作品を見て
大竹野のファンになったひとも
かなり、いや、ちょっとは、まあ、けっこうあったらしい(笑)

その後、ウイングフィールドが出来た20年前に大竹野自身によって再演されている
で、今回はそのウイングフィールドの20周年。

主役の4階のコスギは
初演が怪優、昇竜之助、再演は今回も出演している九谷保元
そして、今回は、石川真士!

人がかわるごとに、あらたなコスギ像が生まれている。

比較的、当て書きといわれる大竹野だが、実は、ちゃんと人間がかけているから
役者の解釈によって、どんどん違った芝居ができるんだなあと、楽しみだ。

「大竹野正典 劇集成」の出版も実は、いろんな人に
大竹野の台本を踏みつけてもらいたいからこそなのだ。

というわけで、犬の事務所時代の若さあふれる「夜が掴む」を
まず、くじら企画が踏んずけることになった。

みなさん!ぜひ!今夜から。

オットーでした

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

大竹野正典 劇集成〈�〉 出版記念公演 『夜が掴む』

「団地の三畳でピアノを弾く者と、
その音に耐え切れず凶行に及んだ者と、
狂気はいずれの側にあるのか ――」
(上前淳一郎著「狂気ピアノ殺人事件」)

という文庫本のあおり文句をボンヤリと読みながら、
僕はボンヤリとこの芝居を書いた。
主人公は海中に浮かぶクラゲの様に
ボンヤリと妄想にひたり、
いつしか悪夢を先鋭化させてゆくのである。
犬事ム流 家庭喪失劇、乞うご期待。

大竹野正典 1992.6 
(1992年6月 ウィングフィールドにて再演時)


●日時 2012年
�7月6日(金) PM7時30分 開演
�7月7日(土) PM2時00分 開演
�7月7日(土) PM7時00分 開演
�7月8日(日) PM2時00分 開演

※受付開始は上演の一時間前、
開場は30分前とさせていただきます。 

●チケット料金
■前売券 2300円
■当日精算券 2300円
■当日券 2500円
■中高生券 1500円

くじら企画チケット予約フォーム
http://481engine.com/rsrv/m_webform.php?d=d64162cd6c&s=&

●出演 
戎屋海老 
石川真士 
九谷保元 
え び(劇団鉛乃文檎) 

林加奈子((株)MC企画) 
藍田マリン(Yellow Love Marine) 
思い野未帆 
森川万里(桃園会)
後藤小寿枝  
| その他 | 14:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
か・く・?
生きるのにも死ぬのにも覚悟がいるわけだけど
生きてればいつかは死ぬわけだから
主に必要なのは生きる覚悟だと思う

つくづく、あたしは覚悟の出来てない人間だなあと

最近思うことが多くて、
ここまでへろへろに生きてるんだから
これは、惨めな老後は覚悟せねばならないと
思っても、その覚悟ができない

ああ、やんぬるかな。

オットーです

先日、ある人の紹介で、大衆演劇なるものを
観てきました

あたしには、よく分からない世界でしたが
役者さんたちの、「この芸で生きていく」という
覚悟のほどを見せつけられた思いでした。

ひとりひとりの芸の力もすばらしく
あんな、わかりやすい型の演技でこの説得力はすごい

とか、あたしなんかが偉そうに書いている時点で
ああ、あたしは何様!
爪の垢でも煎じて飲めよと自分につっこみを入れねばならない。

まあ、覚悟が出来ていようが、出来ていまいが
生まれちゃった以上生きなくちゃならんので
半泣きになりながら、日々すごしているあたしです。

「都会では自殺する若者が増えている」し
「テレビでは我が国の将来の問題を
 誰かが深刻な顔をしてしゃべってる」し

先日おふくろが
なんでテレビで食べ物の番組ばっかりやってるの?
といってたし

「右を向いても左をみても、バカとアホオのからみぃあぁぁい」

とか言ってる自分はどーなんだー〜〜〜〜とかやってると
自分の毒に中毒起こしちゃってブログとかかけません

生きる覚悟を目指して、とにかく書かなくっちゃって
書いてみると、こんなことになっているわけです。

なんとも恥ずかしい状態だけど
生きるととは恥をかくことだって

昔から、劇作家や小説家が言ってると聞かされたけど

ほんと、ブログって恥を書くことだよなあ。

大震災やら、原発やら、財政破綻やら、地球温暖化やら、
恐ろしい出来事をねたに賭博をやってポルシェとか乗り回してる
人は、恥ずかしくないんだろうか

トービン税とか思いっきり掛けてやんないと歯止めがきかないぞ
とか思っても、そういうルールを決める人が
賭場に入り浸りなんだから、どうしようもない。

恥って価値観の問題だと思うんだけど
ひとりひとりの人は、それぞれに恥ずかしいって
思ってると思うんだけどなあ

集団になると、とめられないのねえ。

権力を持ったものが社会の機構に取り込まれて、自分の恥を忘れ
人の命をネタにばくち三昧のあげく世界の経済がぐだぐだになり
企業のトップは、自分の恥を忘れ
企業の社会的責任や存在価値をなげすてて組織の生き残りをはかり
企業人は、旧日本軍みたいに上官の命令の所為にして、自分の恥を忘れ
下請けの首を絞める。

生きるためにはしょうがない、恥は忘れるのだ
酒を飲め、グルメにおぼれろ、旅行でごまかせ、ポルシェ買え!!

なあんだ、恥ずかしいのはあたしだけじゃないじゃん。

ああ、もうぶっちゃけ、恥を書いちゃおうと思って
書いてると、何を書いてんだかわかんなくなっちまった。

とまれ、必要なのは、こんな世の中で生きていく覚悟だったりするわけで

生きることはそれ自体つらく苦しいことだと
山本周五郎なんかがかいてたりする

この世の中は江戸時代も今も何にも変わりはしない

それでも、生きるというには
相当な覚悟が必要だけど、
だめだめなあたしは、
かくごの三文字にはたりないけど、とりあえず
かくことで、一歩前進しなければと思う次第。

核の問題は、政治家の覚悟ですむ問題じゃないけれど
あたしの「書く」の問題は
あたしの覚悟の問題であるのでした

おっとーでした


| その他 | 16:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
アコーディオン
 気候のいい季節になりました
ほんと、心地いいと感じるのは、
この季節ほんのしばらくだけのことになってしまった。
地球温暖化とかいうけれども、
太陽のフレアの周期が長くなると一気に寒冷化するともいうし、
どっちなんだといいつつ
百億年ぐらいしたら、太陽が巨大化して地球は飲み込まれてしまうのでした

オットーです

とまれ、我が家のカメも活性化して、えさの食いがよくなって
水が汚れることおびただしい。

カメはひっくり返ると起き上がれないというのは、うそです。
尋常じゃない伸び方する首の力で、きっちり起き上がります。

昨日、とあるコンサートを見てきました。

知り合いの、クリエイティブディレクターの奥さんの
イラストの個展でのイベントだったんですが、
なんか、京都で活躍している、
アコーディオンとコントラバスのツーピースユニットでした。

いやあ、アコーディオンというのは、なんか怖い楽器ですね。
表現の幅が半端なく広い感じ。

タンゴチックな音楽だったんだけど、
まるで、小さな花が咲いたような、高くて細い音から
酔っぱらいの嘘つきがくだを巻くような低音まで、
自在に操られる演奏はかなり来るものがありました。
そこにコントラバスが、ええ感じで絡んで、たった二人とおもえない
音の厚みでした。

で、アコーディオンって、いやバンドネオンもそうだけど
呼吸する楽器なんだなあと思ったわけです。

小さく小さくメロディを奏でていたかと思うと
どんどん厚く音がふくらんでいくのと一緒に
楽器自身が、場の空気を吸い込んで、
どんどんふくれあがって赤い蛇腹をさらけ出す。

その音色は、どうしてもぬぐえない悲しさのような
懐かしさがまとわりついていて、なんだか、
楽しい想い出のメロディーも、それが想い出である時点で
もう、もの悲しいような切なさが最高潮に達したとき曲は終わり、
アコーディオンは最後のため息をのこして
呼吸を止めてしまうのでした。

ね、なんか怖いでしょ。

でも、だから、とてもドラマチックで、
走馬燈を見ているような雰囲気があるのだなあと
感じ入った次第。

なんだか、遠くを旅してきたみたいな気分でした。

オットーでした
| その他 | 14:10 | comments(0) | trackbacks(0) |
おはつ
 すっかり、放置ブログになってますが、
この数ヶ月、べつに死んでたわけじゃなく、
物言えば唇寒い気持ちが強くて、
なんだかなあって気分でもんもんと過ごしてきてしまいました。

オットーです

今日は、事務所の窓から気持ちのいい風が入ってきて
ふと、
このへんで、なんか書いとかんと、
もう、なんも書けんくなるとおもって
何を書くかも定まらんままに、ままよ、なんとかなろう
と、書いてます。

今年は、なんだか、おはつの仕事が回ってくる年回りのようで。

4月には、あみゅーず・とらいあんぐるのリーディングに参加させてもらって
初めて、人前でがっつりギターを弾きました。

いや、あたしは、ギタリストってわけじゃないけれども
高校の頃から自己流でずっと自宅や事務所でギターを弾いてはいたので
なにもできないってことはないだろうと、つい、お誘いに乗せてもらったんですが

結果、よく弾けたかどうかは、お客さんの感想にゆだねるとして
とても、楽しい時間でした。

お芝居の公演に出たときはいつでも思うんだけど
おわったあとの寂しさが、もう、半端なくて
こんな寂しい気持ちになるんなら、もう、お芝居やめようかと
毎回思うわけです。

昨日までずっと聞こえていた声が、ぱたっと聞こえなくなる。
それまで、毎日のように集中して聞いていた幾人もの声たち。

今日は、まるで夢だったかのように、何にも聞こえない。

でも、また、しばらくすると、あの熱のこもった毎日が
なつかしくなって、寂しさをわすれてしまうのね。


で、おはつの2発目が、本の装丁のデザイン。

最近ぽつぽつとおぐりんが書いてるから、知ってる人は知っている
あの、本のデザインです。

「大竹野正典 劇集成鵯」

まあ、おはつのなんのといっても、デザインのことですから
あたしはプロなんで、これは、必ずなんとかするわけで、

それでもね、へんに気合いがはいりまくって例によって
空回りの日々だったわけですが、ようやくまとまってきました。

まとまってみると、結局、あたしの仕事っぽさがだだもれで(笑)


あと、流星倶楽部で、去年からぼつぼつ暖めてきた活動がちょっとづつ
まとまってきているんだけど、これも、なんか、おはつな試みになりそう。


さらにおはつの話が、先日、おぐりんからもたらされたんですが
これはまた時期をみて、お知らせします。


というわけで、ううん。この文章だけ見ると、すごい活発に活動してて
えらい充実した毎日のように見えるわけですが、

本人はいたって、ぐずぐずと、煮え切らない毎日を過ごしています。

この、おはつ、れんぱつの一年が、なんか脱却の年になってくれるといいなと
ぼんやりと考えている今日この頃です

とりあえず、呑みにいきましょう(笑)

オットーでした




| その他 | 14:44 | comments(0) | trackbacks(0) |
あけましておめでとうございます
 昨年いろいろお世話になったみなさま
ほんとうにありがとうございました
あらためまして、本年もよろしくお願いします
2011年は、いろいろと大変な一年でしたが
2012年は、よい一年になりますように
お祈り申し上げます

オットーです

いよいよ、今度出演するエモーションファクトリーの公演が
一ヶ月後に迫って参りました。
もう今日から練習です
最後まで、あがききれますように。

というわけで、3日。
わが流星倶楽部のボス主催の新年山登りの会に
うちのかあちゃんと一緒に参加しました。

六甲山の山頂付近は、結構な雪山で、
冬の山登りを満喫させてもらいました。
初挑戦のかあちゃんもなんとか登り切り、
ほっとひといき。
有馬へ下山して温泉&乾杯。
母と娘に炭酸せんべいを買って電車で元町までもどり
高架下の商店街をぬけて生田神社さんへ初詣。
三宮で飲み会。締めのラーメンまで、たっぷり楽しんだいい一日でした。

帰ってきたらへろへろでしたけど。

ま、そんなわけで、2012年が始まりました。

今年がいい1年になりますように。

オットーでした。

| その他 | 13:55 | comments(2) | trackbacks(0) |
だいじょうぶ
 このところ、けっこう活動的になってるのは、
やはり、原さんのダンスセラピーで、まだ、あたしは大丈夫だって
思えた、効果かも。
いや、状況はなんにも変わってないし、世の中もあいかわらず
希望がもてないけど、こころが軽くなるのはいいことだな。

オットーです

ダンスセラピーが終わった後、みんなで飲み会、
から、流れてポレったんだけどその時にね
誰だか知らない女性ボーカルの声で「ハレルヤ」っていう
レナード・コーエンかな、の歌がかかってて、
そいつがね、なんか、心臓に来たわけですよ。

頭の中がずーっと「ハレルヤ」「ハレルヤ」いってて
そのときは酔っぱらっててよくわからんかったんだけど、
2〜3日その症状が続くんで、ネットで検索したり、歌詞の意味調べたり
あたしはクリスチャンとかぜんぜん違うんだけど、
ギター持ち出して事務所で「ハレルヤ」「ハレルヤ」歌っちゃうわけですよ。

で、気がついたんだけど、
あたしは、なんだか祈りたかったんだ。

生きていること自体がなんか罪悪感と裏表になっているような
そんな時代。いや、いつの時代もそうなのかもしれない。

ひつこく言いますが、あたしはクリスチャンとかではありません。

その証拠に、「ハレルヤ」の変わりに「ヒマラヤ」って歌っても
大丈夫でしたから。

まあ多分、なんかは信じてるんだろうね。
八百万人のうちの何人かの神様は。

ジョンレノンと一休さんを足して8000002人かな。

で、その次の日曜日にね。
残り少なくなった腐れ縁友達の小寿枝がお芝居に出てるモンで
見に行ったんだけど

そのお芝居でね、「大丈夫」っていうセリフがくりかえされてて
なんだか、泣けました。

この言葉、結構効くのね。
自分で言ってるうちに、だんだん、そうなってくるみたい。

「ハレルヤ」のかわりに「だいじょうぶ」って歌っても
あたし的には、だいじょうぶなのでした。

オットーでした
| その他 | 18:11 | comments(3) | trackbacks(0) |
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